2014/07/21 (Last Update: 2015/07/30) 編集履歴
今年(65th)から各クラスに行灯の記録を提供していただくことになったので、その例として、私甲乙人が行灯責任者をしていた60th3-9についての記録を、もう5年も前のことですが少しずつ思い出しながら書いていこうと思います。
この記事の筆者は甲乙人です。専門分野は針金です。
3-9では、以下のものを担当していました。
これ以外のことはその担当の人に完全に任せていたので、残念ながらあまりわかりません。また、個人的な所感もけっこうあるので注意してください。
それでは、作業に入る前の構想を練る期間について時間軸にそって順々に話していこうと思います。
私はクラス替え発表の日(3月後半?)から動き始めました。
まず、誰がどのスキルをどのくらい持っているかということを調べ始めました。基本的には本人に質問する形式で、1,2年次は何組だったかと、もし行灯の経験があるならどの部分を担当していたかということを調べました。
この情報は後から思うとあまり使ってなかったように思いますが、クラスにどういう人がいるのかということをなんとなく把握するのと、「あ、このクラス行灯やるんだな」と思わせるためには必要だったのかなと思います。
2年次の金銀銅の責任者が一人ずつ、金の針金と色塗り、銀で最も丁寧な針金だった(かつ2-7でケンタウロスというアイデアを提供した)人、4位の電飾、何位かはわかりませんが顔を作った人、……など、かなり優秀な人が揃っていました。
始業式の日は放課後に行灯をやりたい人で集まってもらって、行灯主要メンバーを決めました。
で決めました。
責任者と副責任者の区別はあまりなく、2人で協力してやってもらう感じでした。
私は電飾についてはまったくわからないのですが、電飾は一人でやったほうがいいと聞いていたので、電飾責任者は一人にしました。
行灯責任者について、できれば男女1人ずつのほうが、クラス内で分裂しないかなと思います。というのは、他のクラス (責任者はどちらも男子) で男女間 (正確に言うと針金部隊と色塗り部隊) で喧嘩になったという話をよく聞いていたのと、私のクラスは3年間責任者は男女1人ずつで特に問題が起こらなかったからです。
まず行灯メンバーを決めてから一番初めにしたことは、構図を決めることです。
ほぼ毎日行灯メンバーで放課後集まり、話し合っていたと記憶しています。
まず、コンピュータ室で過去の行灯・昨年度のねぶたの写真を見まくりました。私が2年生の夏に青森ねぶた祭りを見に行っていたので、ねぶたの写真は大量にありました。写真を見ながら批評をしていく感じで、各人の目を肥やしていきました。
その後、どういうものを作るのかを決めてから、その配置・配色を決めていきました。
また、構図は行灯主要メンバーの独断で決めました。クラス全体への了承はとっていません。
構図を決めるのもかなり専門性の高いことなので、そうしています。1年生・2年生の場合はわからないことも多いと思うのでクラスで話し合ってもいいかもしれません。
構図についてはテーマ(人物とか伝説とか)から考え始めることが多いと思いますが、3-9の場合は完全に作りたいもの・作って迫力が出そうなものをどんどん突っ込んでいく形式で構図を決めました。大賞を獲るために何を作るか決めた感じですね。
3-9が作ったものについて、気づいている方もいらっしゃるかもしれませんが、2008年の以下のねぶたをかなり参考にしています。
作るものはほぼこれらからとっています……。ただのドクロではなく死神、という案は、去年2-7でケンタウロスという案を出してくれたアイデアマンが出してくれました。
作るものを決めてから、それらの間にあるストーリーを考えていきました。
配置というのは、実際に物体をどのようなポーズでどのくらいの大きさでどこに置いていくか、のことです。(この用語は私しか使っていない気がします)
配置については実際の行灯の1/20スケールで油粘土をこねくり回しながら決めていきました。
粘土はものすごく適当で、この程度です。
2枚目の撮影日が5月28日なので、けっこうギリギリまでやっていたんですね。
1枚目の段階である程度これで行こうとかたまっていたのですが、針金責任者の声によって変更が加えられた記憶があります。3次元的な迫力の点での変更だったと思います。
構図は平面的なまとまりも求めたほうが「絵」にはなりますが、実物になると迫力が出なくなることがあります。
気をつけていたことは、前方下半分の真ん中の空間充填率を下げて、前方上半分の充填率を上げることです。
ねぶたを見に行った際に、北村隆さんの上から覆いかぶさってくるようなねぶたを見ていたので、それを意識しました。
また、行列中のことを考え常に斜め下から粘土を見るようにしていました。
ゴールデンウィークにアークスで柄と配色について話し合った記憶があるので、その頃には構図はおおまかに固まってきていたとおもいます(あまり憶えていません)。
配色については、赤と青が綺麗に対比されるのを意識していたように思います。2006年ねぶた大賞の日天 水天がとても好きだったので、それの影響だと思います。
また、ねぶたのように濃い色も積極的につかっていきました。すべて奉書紙を使うことにしました。
もう一人の行灯責任者がいきなりとてもクオリティの高いものを書いてきて驚いた覚えがあります。
最後までそれを使いました。
この行灯には元になるような伝説や実在した人物はなかったので、タイトルはオリジナルを考えなければいけませんでした。シンプルでかっこいいもの、になるようにしていた記憶があります。
魂魄+焔で魄焔(はくえん)です。単純ですね。焔の方は実際は旧字体?の焰です。
紹介文はけっこうちゃんと考えて書いた気がします。誰も聞いていないかもしれませんが、この行灯のストーリー性を説明できるのはここだけなので。
全力でやりましょう。
クラス全体ではじめに団結するのはこのほのぼの行事です。
優勝できればそのままクラス全体の成功体験となりますし、勝てなくてもその悔しさをバネにして学校祭を頑張ればいいです。
とにかく全力でやることが重要で、ここを逃すと最後まで団結できずにずるずるいってしまう可能性があります。
行灯主要メンバーの家で、色塗りの実験を行いました。3-9では濃い色を使うことになりましたが、濃い色はとてもむずかしく簡単にムラができてしまうので、その実験だったと記憶しています。
また、色塗りは他の分野に比べて練習が必要です。最近まで知らなかったのですが、3-9の色塗り責任者2人はかなり練習したみたいで、お互いの塗りについて反省を述べあっていたみたいです。このおかげで、濃いのにまったくムラのない紙ができていたんですね。
行灯職人への道でおすすめされていた、Google SketchUp (当時は Google のプロダクトでした) を使いました。
絶対に揺れない、上まで登りやすい、登っても壊れない、ということを意識して設計しました。
そのために、物体の中心線にはならなくてもいいから、できるだけ支柱が90°になるようにしていきました。補強も惜しみませんでした。力学のモーメントもなんとなく意識していたと思います。
そのおかげか、行灯行列当日はほとんど揺れませんでした。
5月中旬くらいに行灯講習会があると思うのですが、私は針金の講師になっていたので、そこで見せるために顔を一つ、針金から色塗りまで、作りました。
これはかなり重要な事だったと思います。顔はぶっつけ本番で作るようなものではありません。作れば作るほどうまくなるので、必ず一回以上練習してから作るようにしましょう。私は2年生のときにも面を担当していたので、一応これが2回目です (一応というのは、2年生のときのは西洋人で作りが全然違うから)。見てもらえればわかると思うのですが、この顔より本番 (3度目) の方が上手いです。
クラスから以下のものを集めました
重要なのが電動ドライバーで、これがないと初日~2日目の作業効率、支柱の頑丈さがかなり落ちてしまいます。3-9では運良く電動ドライバーを3つ確保できたので、良かったです。
また、テント内に紙などを置いておくための5段のケース、テント内で時間を確認するための掛け時計を持って行きました。
必要な道具を参照してください
斡旋販売までにはカット後の木材の長さをすべて出しておき、できるだけ半端な木材がでないように効率的にカットする方法を考えて計算し、発注量を決めました。
今は木材発注量の計算があるので、それを使ってください。
60thの作業期間は5週間、6/4(木)~7/10(金)(実際は雨天延期で7/13(月))でした。
あまり細かいスケジュールはおぼえていないのですが、
というスケジュールだった気がします。
その他、本体を作る順番、パーツを作る順番、塗る色の順番、などを細かく決めていました。後塗りがあるので、それまでに針金から電飾・紙貼りまですべて終わらせなければいけませんでした。
もちろんこのスケジュールは守れませんでした。特に針金を2週間でやるのはかなり無理がありました。
という感じでした。
全体的にあまり憶えていません。なので間違っているかもしれません。また、色塗りのことはほとんど知らないので書けません。
けがく人を一人、のこぎり部隊を5人程度、残りをテント設営という配置で行いました。
木材が届き次第、どんどんけがいていき、のこぎり部隊に渡していくパイプライン方式でやっていました。
60thの3年生は木材→テント支柱という順番だったので、テントを建て終わる頃には木材はすべてカットできていたと思います。
その後土台はすぐ完成して支柱に入り、7割ほど終わったところで電動ドライバーの電池が切れてしまったので針金に入りました。
事前の脳内シミュレーションのおかげか、まったく無駄がない一日でした。
主に針金です。
本体の方は、まずは向かって右の炎と人の衣の部分、裏側の死神の衣、左の魂のグループに分け、各グループで並列に進めていきました。
確か、炎は私とあと1人、死神の衣は針金責任者が1人、魂はもう一人の針金責任者とあと3人くらい、でやっていたと思います。
パーツの割り当ては、
で、本体と並行に進めていきました。
また、後輩たちへのアドバイスで、顔についてですが、余裕のあるうちにすべて終わらせましょう。ちょっとぎりぎりに作りすぎて雑になってしまっている行灯が多いです。顔が雑だと他のところが良くても全体的にダメに見えてしまいます。目を最後に入れて完成、みたいなこともしなくていいです。
その他重要なパーツについても顔よりは優先度は下がりますが同様です。
1週目と同様です。
炎の方はだいたい完成したので、人の鎧と魂側の衣を作り始めました。
死神、魂のほうは忘れました。
魂の方と魄龍の針金は担当の人の判断でけっこう作り直しをしていた記憶があります。
ちょっと余談で、気に入らない針金パーツに対して作り直しをする、もしくは指示する是非についてですが、自分は作り直しは全くしないし指示もしない主義です。
作り直しといっても2パターンあって、既にあるものを再利用しながら気に入らない部分だけを切り貼りしながら直していくパターンと、全く新たに作るパターンがあります。
再利用するほうは、改修を加える度にどんどん針金が汚くなっていきますし、気に入らない部分が無限に出てきてだらだらと続けてしまう傾向にあります。
全く新しく作るほうは再利用するよりまだ綺麗にできるのでいいと思っていますが、大規模なものはちょっと時間がかかりすぎます。
どちらの場合もおそらく作り直すことによる効果より、その時間を使ったその後の紙貼りや書割り色塗りの方が、費用対効果は高いと思っています。
余程ひどい場合は自分で作り直すかもしれませんが、そもそもできなさそうな人には任せないというのがあるので、基本的には一回任せたらそれ以降は完全にその人に任せます。
あとは、作り直すんだったら、事前 (作業期間前) に納得いくものを作れるようになるまで家で練習しておいて、学校でもう一度同じものを作った方が綺麗にできますし経験があるぶん速いです。(もちろん家で作ったものを実際に使うと時間外作業になってしまうので、あくまでも“趣味”ということで)
ある物体を一度でも作ったことがあるのと一度も作ったことがないのとでは作業スピードに数倍の差があると個人的には思っています。
かなり無駄がある週でした。
最初のモチベーションが保てなくなり思うように進まなくなっていたと思います。このモチベーションの低下がなければもう少し早く完成させられたかもしれません。
針金に飽きてきたので、紙を貼り始めました。たぶん他のクラスより一週間程度早い貼り始めだったと思います。
紙貼りを早めたので針金が遅れ、この週の中盤あたりで完成したんじゃないかと思います。
このあたりにくると、下級生や先生方、いろいろな人が見に来るようになります。そして、「すごい!」とか「やばいよね!」とか「あーここが大賞だな」などの感想が聞こえてくるようになります。正直とても気持ちが良いです。(この時点で僕はもう大賞を確信してしまっていました)
最初から最後まで進度は一番だったと思いますが、予定よりは遅れていました。この週に炎の方の後塗りをやったのですが、おもったより時間をとられなかったのでよかったです。
(実施予定日前日)
左側の青い龍・魂の後塗りがまだ完成していなかったので、この日にやりました(はず)。
あとは本体と両手を接合するだけというところで、雨天延期が決定しました(はず)。3-9はもうほとんど完成していたのでこの日にやりたかったのですが、残念ながら延期。
作業できたかどうかは忘れました。でも行灯の写真を撮った憶えがあります。 写真は残っていませんでしたのでたぶん作業場所に入ることはできません。
どんな作業をしていたかはあまり憶えていません。
女子もみんな作業しているのに、僕だけ浴衣(ねぶたのハネト衣装)を着るためにちょっと離脱したりしていました。行列当日にハネトになるのが夢だったので、これだけはどうしても着たかったんです。
また、この日も実施予定日だった日と同じくらい雨が降っていました。
雨にぬれないように透明なビニールシートをかぶせていたのですが、3-9がスタートする頃には雨が止み始めていたので、僕の独断でビニールシートをはずさせました。これは自分で言うのもなんですがかなり英断だったと思います。
電気がついたときはとても感動しました。今までとぜんぜん違う印象で、心の高まりを感じました。
行列中の掛け声ですが、ねぶた風に「らっせーらー、らっせーらー」でした。あとは篠笛、手作りの手振り鉦があったので、それで適当に演奏したりしていました。できれば太鼓もやりたかったですね。
行列中はもう楽しくて楽しくてたまりませんでした。3-9が通りがかると、沿道の観客から歓声が上がり、シャッター音が鳴り響いて、最高でした。あのときほど興奮したことはないと思います。この1時間半は自分がこの世界の主人公になったような、そんな感覚でした。ほんっとうに最高でした。
行列後、クラスみんなで写真を撮ったり、行灯主要メンバーで写真を撮ったり、なぜか僕だけ行灯の前の土台に座って写真を撮ったりしていました。クラスみんなで写真を撮るのはプロのカメラマンがやってくれるはずなのでいいのですが、行灯主要メンバーで写真を撮るのは絶対にやりましょう。これ一生の宝物になります。
延期がなければ全行が終わったあとの体育館での発表だったのですが、延期になってしまったので残念ながら放送での発表となりました。
私達3-9は(根拠なく?)大賞を確信していたので、教室ではなく1階玄関前のホールに集まって発表を聞いていました。
結果は大賞で、わざと全校生徒に聞こえるように盛り上がっていました。
発表が終わったあと、行灯メンバーの一人がいないなと思ったら教室の隅のほうで静かに泣いていて……。青春でした。
今思うともっとこうすればよかった、ということを書いていきます。
講評に書いたものと被っているのもあります。
いきなり作るものから決めずにテーマから決めることも選択肢に入れるべきでした。当時は作るもの先行でのメリットしか見えておらず、テーマ先行のメリットを知りませんでした。詳しくは構図の記事を参照してください。
テーマ先行にするなら、2年の行灯終了時からネタ集めをすべきです。
前方上半分の充填率を高めにした と書きましたが、いま改めて見てみるとそんなに前方上半分の充填率は高くない気がします。特に前方右上と前方左上が空いているのは気になります。
左下に龍の横顔を持ってくるのはとてもありふれた構図 (59th金賞、59th大賞(龍ではないけど)、60th金賞など) で、かつ龍独自の躍動感を殺してしまう配置だと思っています。右の炎龍はわりと気に入っているのですが、もう少し頭を捻ったりするともっと良かったと思います。
左腕の袖の中を濃い紺色にしたのは間違いでした。濃い色にするならぼかし(グラデーション)を入れるべきでした。この部分はけっこう針金も書き割りも頑張ったのですが、あまり目立たなくなってしまいました。また、行灯の端に暗い色を持ってくるとその分だけ小さく見えてしまう気がする(要検証)ので、その観点でも明るい色にするかぼかしを入れるべきだったと思います。袖の中を暗い色にしているねぶたはほとんどありません。
あとはぼかしと蝋書き、書き割りを多用した行灯を作ってみたい。
この行灯はわりと下絵を無視して作っているところがあります。例えば2体の龍などはもうなんというか作った人のエゴみたいなものが表れていますし、鎧なんかは完全に変な感じになって失敗してしまっています。
作る人に自由にさせてしまうとどういうことが起こるかというと、行灯全体の一体感がなくなるんですよね。基本的に複数の物体はそれぞれの担当者がいて作っていくと思うのですが、人はそれぞれスキルも感性も違うので、取り決めもなく適当に作らせるとまったく雰囲気の異なるものが出来上がってしまいます。
しかも下絵のとおりにしないんだったら「何のための下絵なのか?」ということになります。これだったら下絵なんて面倒だしちゃんと描かなくてもいいんですよね。
対して下絵に忠実に作るためにはまずは下絵を完璧に描かなければいけないです。さらに、全員が「何があってもこの下絵のとおりに作るんだ」という強い気持ちを持たなければいけません。そうなってくると事前に考える構図、そして下絵を疎かにはできないはずです。
また、粘土なのですがこれもできればちゃんと紙粘土で精密に、かつ色を塗るところまで作っておくと、作業期間中かなり楽になりますし、一体感を保ちやすいと思います。油粘土で大雑把なところを考え、下絵を描き、紙粘土で立体にする、という順番かなと思います。
洛水の女神なんかは下絵・粘土・実物が完全に同じで、もうありえないくらい本当にすごいです。
もちろん作業期間中に柔軟に変更していく方法もメリットがないわけではないのですが、もし次作るとしたら下絵のとおりに作りたいと思っています。
ネット通販を利用すると費用を大幅に削減できたなと思います。たぶん最大で半分くらい節約できます。
ネットを利用するには見積もりが必須だと思うのですが、前年度の会計資料をなくしてしまっていたので、どの程度材料が必要になるかということがわかりませんでした。1,2年生の人は資料をなくさないようにしましょう。
スケジュール管理をまともにやっていませんでした。スケジュールなんて遅れて当然だ、みたいに考えていました。そんなのはスケジュールをたてる意味がないです。
60thでは結果的には間に合いましたが、現在の一週間短くなった作業期間では間違いなく無理なので、きっちりやるべきだと思います。
3年生は学校祭が終わると本格的に受験モードに入らなければいけません。
私の場合はすべてを出し切って燃え尽きて、満足する結果も出ていたので、わりとすんなり受験に向けて切り替えられた気がします。全力を出し切って心残りを完全になくすということが重要です。やっぱり「あのときああすればよかった」とか思ってしまうと、勉強に集中できないので。
あとはクラスの雰囲気もあるかもしれないですね。みんなで勉強モードにもっていきましょう。
私は当時の行灯職人への道を隅々まで見てその内容をほぼすべて暗記していましたが、全部鵜呑みにしていたかというと全くそうではなくて、むしろあまり使えるとは思っていませんでした。特に、『行灯の作り方』の記事に書いてある顔の作り方が大嫌いで、みんなあの作り方を真似して作るものですからかなり嫌でした。これは今でもそうです。(先輩すみません)
行灯職人への道の管理人がこのようなことを言うのはおかしいかもしれませんが、みなさんもこのようなスタンス(とりあえず全部読んで取捨選択)でいてください。某情報の先生風に言うとクリティカルシンキングを心がけてください。
そしてできれば、自分の意見と違うところを行灯職人への道に書いてくれると嬉しいです。
ここらへんの話はaboutの行灯職人への道のおすすめの使い方にも書いています。
3-9の行灯は、全行・学プロの人的・金銭的リソースを尽く奪っていってしまいました……。
かなり自由にやらせて頂きました。3-9の全行責任者・学プロ責任者の方には頭が上がりません。
これはどうすればよかったのでしょうか。金銭的リソースは今はネットとかを利用すればけっこう節約できるのですが、人的リソースはどうにもならない気がします。もちろん全行の練習がある場合はそちらを優先して行かせるようにしていましたが、とにかく話し合いは必要だったのかなと思います。
北高祭実行委員会の方々には大変お世話になりました。特に、60th実行委員会の行灯部門チーフである彼なしでは120%まで行灯を楽しめなかったと思います。この場を借りて深く御礼申し上げます。あなたが行灯部門チーフでよかった。
後輩のみなさんも、裏で頑張っている実行委員会がいるからこそ行灯行列ができるということを忘れないようにしてください。
ここまで読んでくださったあなたは高校生活のすべてを行灯にかけるような人であろうと思います。
行灯は僕達の青春そのものです。
例えば、毎日の進行状況、粘土や下絵、話し合いの際のノートや黒板に書いた絵、テントでふざけている様子、メールやツイート、LINEのログなど、そのすべてが思い出になります。
どんなに些細なことでも、写真や動画として残しておけば、何年か、もしくは何十年か経ったあとでも、その写真や動画を見るだけで、そのとき過ごした時間の空気がよみがえります。
これらはあとからではどんなに時間やお金をかけても決して手に入らないものです。
ぜひ、思い出を形に残してください。
僕は北高が大好きです。3-9が大好きです。行灯メンバーが大好きです。行灯があったから、最高に楽しい高校生活をおくることができました。
この文章を読んでいる後輩にもぜひこの楽しさを味わって欲しいです。つらいときもあるけど、一生の友だちができるし、ほんと最高の思い出になるので、がんばれ!
以上、最後まで読んでくれてありがとうございました。
甲乙人@五代目
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